イタリアのミラノから、西へ約25km。田園風景を眺めながら小一時間ほど車で走った先、カッシネッタ・ディ・ルガニャーノ村にある、イタリアで2番目にミシュランガイドで三ツ星をとったレストラン「ANTICA OSTERIA DEL PONTE」。ここで働いたことが、私の人生観や仕事感について、大きな影響を与えてくれたと思っています。ミラノや東京に比べたら信じられないほど田舎。調理場からはたくさんの緑が見えて、ふらりと前を通る女性には仕事をしながらスタッフが声を掛けたりしています。仕事が終われば、夜中から街に連れ出され明け方までワインを片手に語り合う。思えば、あまり得意でなかったお酒も、この時に鍛えられました。日常の生活と仕事が共存している働き方というか、すごく人間らしさを感じる日々。こんな働き方が理想だなと思うには十分な経験でした。


イタリアから東京に戻り、同じように働ける場所がないかと探して就職したのが、青森県弘前市にある「OSTERIA ENOTECA DA SASINO」です。野菜、ワイン、生ハム、チーズなどすべて素材から自前で作り出すお店。ここでの経験を元に「自分もレストランをやりたい」と思い立ち、妻の実家がある新潟県長岡市で開業することを決意しました。代表の岩佐との出会いは、青森のお店に居た時に取材を受けたのがきっかけ。長岡でやるなら「また連絡を取り合おう」とつながり、付き合いが始まりました。開業から4年半ほど。お店をどうしていこうかと迷っていた時に、タイミングよくもらったのが「箱根本箱」オープンの話でした。「やめるのはもったいない」と言ってくれる人もいましたが、自分としては経営までやると数字など考えなければいけないことがたくさん増えてしまう。もっと料理に専念できる環境で勝負したいと思い就職を決意し、箱根本箱のオープニングからシェフとして働くことになりました。


長岡と箱根。たとえば同じ魚でも日本海と太平洋では脂ののり方はまったく違います。はじめは食材がわからないので苦労しましたが、3年ほど経って、やっと色んなものに出会えて、料理の幅が広がって安定してきたと思います。自遊人の周りの生産者は、「いい意味で」変態が多い。生産、保存、輸送…すべてにおいて突き詰め方が普通では考えられないレベルです。だからこそ信頼できる。たとえば魚を注文する時も、魚種は指定しません。焼き物に使う、蒸し物に使う。などお伝えしてその日に一番のものを送ってもらう。彼らと付き合っていると、情熱を持ってつくっている素材に対して失礼はできないなといつも感じます。目の前で生産者と一緒に食のリレーをつなぐ。地方で働く最大の醍醐味はここじゃないでしょうか。東京のレストランじゃなければ技術が磨けないなんて時代はもう過ぎています。人間らしく、自然の中で暮らして緑を見ながら食材に触れ、一流のシェフをめざす。そんな働き方に共感できる仲間を求めています。

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Profile
佐々木祐治YUJI SASAKI
2018年入社/埼玉県出身
1975年生まれ。調理師専門学校を卒業後、都内のイタリアンレストラン数店で13年務める。その後イタリアに渡りミシュラン3つ星「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」にて勤務。帰国後、青森県弘前市「ダサスィーノ」にて自家製の生ハムやチーズ、畑やワインの醸造に携わる。それらの経験を生かし新潟県長岡市にてイタリアンレストラン「MANO」を開業。岩佐のローカルガストロノミーに共感し箱根本箱の開業とともに自遊人に料理長として入社。箱根という土地を表現するローカルガストロノミーを、食材はもちろん知られざる歴史と文化をちりばめて「箱根本箱」だけでしか食べられない味を提案し続ける。