合計約40室の2つのホテル。加えてカフェ、ショップ、レストランにベーカリー。自遊人として、これまでに経験のない大規模なチャレンジ「松本十帖」の支配人として、ここに立つことになるとは、正直想像していませんでした。「松本十帖」は、貞享3(1686年)創業の歴史を持つ老舗旅館「小柳」の再生プロジェクト。「温泉街を人々が回遊すること」をイメージして、浅間温泉一帯のエリアリノベーションをめざした取り組みです。私は、現在の「HOTEL 松本本箱」「HOTEL小柳」になる前の旅館時代から運営に参画し、プロジェクトに携わってきました。生まれ変わったホテルを見れば、洗練されたデザインや空間に心動かされる場所ですが、設計、工事、地域との交流や打ち合わせ、あらゆる調整と、オープンまでの多くが地道な下準備。一筋縄にはいきませんでしたが、なんとかここまでやってこられた。それは昔のような賑わいのある日々に想いを馳せる地域のみなさんの浅間温泉への愛に触れ、仲間になることができたからだと感じています。
2008年。海外留学から帰ってきて、東京のホテルで働いていた私が、次のキャリアとして選んだのが自遊人でした。モノづくりをしたいと思っていて出会ったのが、雑誌「自遊人」をつくっていた当社。私の地元でもある南魚沼に本社を構えていたことに、なにかご縁を感じ応募を決めました。アシスタントとして取材の手配をしたり、時にデザインソフトを使って作業をしたり、数年は雑誌制作の現場を経験。その後、無添加・有機・オーガニック食材の法人営業部門立ち上げに伴い、営業や商品企画を担当している頃に始まったのが「里山十帖」プロジェクトでした。プレオープンの2ヶ月前に急遽参画となり、中を見たら到底オープンなんてできない進捗。なんとか間に合わせるためのあらゆる準備に奔走しました。雑誌社がいきなり旅館ですから、当然すべてが未経験。タオルや備品一つからインテリアまで揃えたり、プレオープン後は接客をしながらサービスをつくっていったり。笑っちゃうくらい大変だったけれど、あの経験のおかげで、「松本十帖」は、今こうしてここにあるのかもしれません。
自遊人はライフスタイルホテルをつくるとか、単にホテル再生プロジェクトを請け負う会社ではありません。観光客が減って困っている地方都市にもう一度人が足を運び、経済を自分たちで回せる状態まで持っていく。そんな壮大かつ難しいテーマを掲げながら、本気で実現をめざしている集団です。すべてはその目的ための仕掛け。例えばホテルのレセプションが歩いて数分の場所にあるカフェ「おやきとコーヒー」になっているのは、温泉街を回遊してもらうためだったりするのです。実はもうじき、ホテルの隣の蔵でシードルの醸造がはじまります。アメリカでマイクロブルワリーが増えハードサイダー人気に火がついたように、りんごの産地長野でシードルをつくる小さな醸造所があちこちに生まれる起点になれば、新しい産業になるかもしれない。大きな話だけど、目を輝かせながら賛同してくれる仲間が社内にも地域にもいます。そうやってみんなで未来を形にして行くことができたら。縁もゆかりもないけれど、私が松本に来た意味は、きっとここにあるんだと思っています。
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Profile
小沼百合香YURIKA KONUMA
2008年入社/新潟県魚沼市出身
1982年生まれ。早稲田大学卒業。イギリスのUniversity of East Angliaにて修士号取取得。東京都内のホテル勤務後、モノづくりをしたいと思い出会ったのが雑誌「自遊人」。地元でもある南魚沼に本社があることに縁を感じ入社。雑誌編集・新規事業開発室(organic express事業部、法人営業、商品企画、海外輸出)を経て、2013年に里山十帖ジェネラルマネージャーに就任。松本十帖のオープニングよりジェネラルマネージャーとして参画。創業334年の老舗旅館を再生し旅館・地域の未来のために「自遊人」として日々挑戦する。