自遊「人」紹介
偉大な自然、つくり手の愛。すべてを受け取り、料理に込める。
里山十帖 シェフ(フードディレクター)桑木野恵子
photo:Shuhei Tonami
text:Yu Ikedo
ただ料理するだけじゃなく、自然の中で地域や生産者さんとのつながり、支え合いながら働ける環境があるんだ。そんなローカル・ガストロノミーの考え方を知ったのが自遊人に興味を持ったきっかけです。私が人生で大切にしていた健康や、美味しさだけじゃない食の捉え方がぴったり合いました。とはいえ、料理学校を出ておらず、料理人になりたいと思ったこともなかった私。海外を点々としていた時に、言葉を使わなくても対話できる手段として料理に触れ、飲食店の仕事をしていた程度です。「アシスタントくらいならできるかも」と思っての入社でした。働きはじめてしばらくした頃。どうしてもハーブの勉強がしたくて、3ヶ月ほどマレーシアのレストランに行かせてもらったことがあります。わがままを許してもらい現地で学び得たことは、今でも私の財産です。
「桑木野、料理長だ」。帰国後、私を待っていた急展開。正直めちゃくちゃ不安でした。知識も経験も足りません。一方、里山十帖は世間ではすごい旅館みたいになっている。キッチンに立つ度に震えました。けれど、ここで降りたらダメだと自分を奮い立たせ、誰よりも早く来て、誰よりもずっといるようにしました。不安を消すために必死な私を支えてくれたのは、人や自然との対話。山菜は自分でも採りに行くし、野菜も必ず近くの畑にピックアップしに行きます。そして冬は雪室や発酵部屋。農家さんや、自然とのコミュニケーションは本当に365日です。ここへ来てもうじき10年ですが、今でも車を運転しながら「ああ、きれい」と雪景色に感動しますし、農家のお家にお邪魔してお茶しながらお話する時間に私自身が支えられていると実感します。
料理はレシピがあるし、見た目の華やかさとか、形だけ真似しようと思えばどうにでもなるけれど、本質はそういうことじゃないと感じています。生きることや、食べること、暮らすことは全部つながっていると思いますし、自分だけが料理をつくっているとは思わない。食を育む大地があって、つくり手さんたちがいて、いろんなバトンリレーの先に完成する料理は奇跡なんだと、毎日感じられます。食材の経緯を知り、つくり手と必ず会って、どう育ったのかを見る。そこに私の想いが乗ってはじめて料理ができる。結果としてミシュランガイドやゴ・エ・ミヨに評価を頂くことになったのは、すこしばかりの自信につながっています。けれど、やっぱりみんなで完成させた料理を「おいしいね」と言ってもらえるのが、シンプルだけれど心からの幸せです。
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Profile
桑木野恵子Keiko Kuwakino
2014入社/埼玉県新座市出身
1980年生まれ。武蔵大学人文科比較文化学科卒業。都内のエステサロン勤務後海外へ。オーストリア、ドイツ、インド等世界を巡りヨガと各国のベジタリアン料理を学ぶ。帰国後都内のヴィーガンレストラン勤務後、自遊人へ入社。温泉(共同浴場)と山歩きを日課に地域のおじいちゃんおばあちゃんと交流し、地に根付く食文化・風土、雪国の暮らしを肌で感じながら、ローカル・ガストロノミーを料理に表現。2018年、「里山十帖」料理長に就任し、2020年「ミシュランガイド新潟2020 特別版」で一つ星を獲得。2021年には「ゴ・エ・ミヨ2021」で15.5点を獲得。