原発事故から4カ月。
東日本の農業をどうするか考えることも大事ですが世界的な食料問題は深刻さを増しています。
今、早急に考えなければいけないのは西日本の農業をどうやって応援していくか。
安全で安心な食料を安定的に供給するためには西日本に元気になってもらうしかありません。


新潟に会社があるワケ

 もうご存じの方も多いと思うのですが、私たちのオフィスは新潟県南魚沼市にあります。もともとは東京・日本橋にあったのですが、平成16年、「お米の販売をするなら、お米の作り方くらい詳しく知っておこうよ」とスタッフの一部が魚沼に移住、平成18年には「どうしても移住は無理」という社員を東京に残して、全面移転してしまったのです。
 よく「社長の出身は新潟なの?」「新潟出身者が多かったとか?」と聞かれるのですが、実は違います。代表である私の出身は東京・池袋ですし、社内に新潟出身者がいたわけでもありません。
「ではなぜ?」ということになるのですが、私たちが「米を勉強したい」と考えていた時、「だったら魚沼で作ってみれば?」と誘ってくれた生産者が魚沼にいた、ということなのです。
 事業も田んぼも人の縁。縁と信頼関係がもっとも大事です。魚沼にはたくさんの生産者との繋がりがありましたし、私たちは「2年間くらい本気で勉強してみよう」と全面移転を決めたのでした。
 さてここで「ん? 2年?」と思う方も多いかもしれません。そうなんです。2年のつもりがもう6年目、最初の一部移転から8年目に突入しているのです。

『強い農業へ』3つの目的

 思った以上に米づくりの世界は深く、現地に入ると“美味しい米の作り方云々”だけでなく、さまざまな農業問題も見えてきました。「もう少し知りたい」「あれも知りたい」と次々知りたいことが出てきて、ついに平成22年には正式に農業生産法人を設立、農業従事者としての視点からも“日本の米と農業”を考えるようになりました。
 そして今、私たちが考えていることが「日本の農業はもっと強くならなくてはいけない」ということ。生産者や流通団体は補助金や交付金に頼ってばかりいないで、もっと自力で頑張らなければいけない、ということなのです。そのために私たちができること、それは食品会社としての販売力と、『自遊人』という雑誌でのPR力を活かすこと。私たちは『強い農業へ』というプロジェクトを起ち上げ、雑誌などで積極的にPRを行い、同時に販売をしていくことにしました。
 目的は以下の3つです。
1・地域全体の米の品質を上げて、外国産米に絶対に負けない品質を確固たるものにすること。同時に生産技術の向上やコスト削減にも取り組み、価格競争力を上げていくこと。
2・地域のブランド化を図り、生産者に自信をもってもらうことによって、地域に活力を生み出すこと。
3・当社が運営する雑誌やウェブに生産者を登場させることによって、「頑張れば誰かが認めてくれる」という空気をつくること。同時に息子世代が「オヤジって凄かったんだ」と見直すこと。
 通常、ここで食品会社は国や県などに「補助金をください」となり、雑誌出版社は「広告料をください」ということになるのですが、このプロジェクトの原資は完全に私たちの持ち出し。予算的にはそうとう厳しく、赤字になることは間違いないのですが、“自力でできるかぎり頑張る”ことが“強い農業へ繋がる”という私たちの持論を、いきなり自分たちで曲げるわけにはいきません。

 予想を上回る反響だけど・・・

 私たちは『自遊人』の誌面上で、各自治体や農協に「広告料は不要なので、いっしょに地域の自慢の米をPRして、頑張っている生産者を応援するのと同時に、地域に活力を生みだしましょう」と呼びかけました。
 反響は予想以上にありました。JAや市町村には熱心な担当者がけっこういるものです。しかし誌面にも書いていたとおり、この『強い農業へ』プロジェクトは、市町村やJAなどに強力なリーダーシップがなければ、話がまとまりません。なぜなら、このプロジェクトは「地域全体の米の品質を上げる」ことが大前提です。生産者を束ねるのも、意識改革を促すのも私たちではなく、市町村などの役割です。ところがそれは至難の業なのです。
「話が聞きたい」、そして「なんとかしたい」ということになっても、話を進めていくうちに多くの問題が露呈して、頓挫してしまいます。たとえばある市の担当者は、JAとの調整を目的とした会議でJAのあまりの動きの悪さに業を煮やし、私たちの目の前で「そんなことだからダメなんだ!」と怒鳴りました。
 地域の生産者を束ねるのも大変な労力が必要で、地域に10人の生産者がいたとすると、そのうち9人は“超”がつくほど保守的です。農業というのは「何も変わったことをしないで、何かあったらまずは文句を言うのがいちばん金になる」というのが常識化していますから、その調整は容易ではありません。とある市の担当者からは「市が入ると調整が不可能になるから、調整は自遊人でやって欲しい」と懇願されました。でも調整までしていたら赤字どころでは済みませんし、それこそ「ブランド化コンサルティングの補助事業にしてほしい」ということになってしまいます。

セーフティー・ポリシー

 そんな現場の苦難を乗り越えて、プロジェクトに参加したいと正式に表明してくれたのが数カ所の市町村とJA。ところが……。3月11日、原発事故が起きてしまいました。残念なことに、参加を表明してくれたうち、3件が原発事故の深刻な被害にあった福島、茨城、群馬のとある市町村だったのです。
 当社では原発事故後、「セーフティー・ポリシー」(154ページ)を設定しましたが、そこにも記しているとおり、福島と関東一円で原発事故後に収穫された生鮮品は、“安全が確実に担保されている状態ではない”という考え方から、取り扱いを中止しています。さらに当社では、ガイガーカウンターで各地の土壌近くの放射線量を計測して、福島と関東以外であっても明らかに線量の高い地域で収穫された生鮮品、加工品原料は取り扱いを中止しています。当然ながら、該当地域のお米を『強い農業へ』プロジェクトで販売するわけにはいきません。

西日本への期待と現実

 そしてこれまた当然な話ではありますが、3月11日以降、『強い農業へ』は大きな方針転換を迫られました。
 西日本へのシフトです。
 東日本に放射性物質が拡散しているから、という単純な理由ではありません。私たちのガイガーカウンターでの計測では、東日本(いわゆるフォッサマグナの東側という考え方)でも、まったく影響がない地域もあったりします(たとえば長野県の松本〜白馬周辺など)。とはいえ、放射性物質が多く沈着した地域に米どころが多かったのも否定できません。それはつまり、安全な食料が足りなくなることを意味しています。とくに日本人の主食である米は東日本での生産が圧倒的で、西日本はその生産性の低さから将来的にはゼロに近くなっていく地域が多いと考えていました。
 食の生産を西日本にシフトしなければならないのは現実なのですが、現実的には容易ではありません。西日本の田んぼの多くはまだ一枚が小さく、極めて非効率です。食味や栽培方法の研究も全般的に遅れ気味ですし、機械化も止まっています。さらに最近では増えすぎたイノシシとシカによる獣害が深刻で、生産性を高めるには本格的な駆除が必須です。
 おそらくこれから、国はさまざまな施策で、西日本の農業の効率を大幅に上げるように誘導していくのでしょう。でも正直、米作は西に行くほど、自立から遠い状況にある気がします。生産者があまりに自分の権利ばかりを主張するため、農地の集約は難しく、若手が育ちません。かといって事なかれ主義の集落営農では、日本の食を守れるとは思えません。


頑張れ! 西日本の農業

 今回、『強い農業へ』プロジェクトで、市町村単位でまとまったのは、実は危機意識の高かった東日本だけでした。従って原発事故の方向修正でプロジェクト取り止め、という選択肢もあったのですが、私たちが選んだのは、西日本で意識の高い生産者や団体を応援していこう、ということでした。
 このプロジェクトには多くの生産者からも「生産団体や個人での応募はできないのか」と連絡をもらっていました。当初は原則的にお断りしていたのですが、西日本に関しては方針を変えることにしたのです。(※個人や団体単位の場合は、通常の仕入れ販売となり、その場合は極めて食味が高いことが当社での仕入れ方針です。そのため西日本のお米はなかなかその基準に到達しません)
 以降に登場する4地域4団体は、1つが任意の生産団体、2つがJA、1つが一軒の生産法人とバラバラです。でも共通しているのは米の生産に対する意識が高く、さまざまな先進的な取り組みを行っていること。私たちはそんな団体・個人を応援していきたいと考えています。そして西日本の市町村にあらためて呼びかけた結果、現在、複数の市町村がさまざまな問題を調整して、このプロジェクトに参加してくれようとしています。
 西日本の農業が強くなれば、日本の農業は強くなる。西日本の農業がダメであれば、日本の食はダメになる(もちろん日本には北海道がまだありますが)。
 皆さまのご支援を賜れれば幸いです
オーガニック・エクスプレス運営責任者
株式会社自遊人
代表取締役 岩佐十良


自遊人編集長 岩佐十良
1967年、東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学在学中にデザインプロダクション創業。
2000年11月、雑誌『自遊人』を創刊し、同ジャンルで「サライ」に次ぐ実売部数に成長。
2006年、会社主部門の魚沼移転と同時に勉強のため始めた米作りを、さらに本格化しようと 2010年4月には農業生産法人自遊人ファームを設立。
著書に「一度は泊まりたい有名宿 覆面訪問記」(角川マーケティング)がある。


私たちはこんなことをしています
実際に生産を行う農業生産法人『自遊人ファーム』。商品企画やMD、法人への卸売などを行う『膳』。安心・安全がテーマのショッピングモール『オーガニック・エクスプレス』を運営し、雑誌『自遊人』を発行する『自遊人』。この3つの法人で事業を運営しています。ちなみに親しくなると聞かれるのですが、特定の宗教や政治団体には一切属していません。中立と客観視、これがポリシーでもあります。
1 生産

米作りは平成17年に始めましたが、昨年からは農業生産法人『自遊人ファーム』を設立して正式に“生産”を始めました。毎年、毎圃場ごとに生産方法を変え(主に有機栽培の方法と資材)、さまざまな実験を行っています。また昨年は耕作放棄地の復活に取り組みました。
2 農作業体験会

旧山古志村で『大人の農作業体験会』を平成19年から開催。田植え、稲刈りだけでなく草取りもするのが特徴です。そのほか、『ミシュランガイド東京』で星をとった料理人さんの研修や、栗原はるみさんらが主催する『キッズ・セーバー』の農作業体験も当社でお手伝いしています。
3 生産者の皆さんとの勉強会

「いかに食味を上げていくか」は、食品会社としても、生産法人としても重要なテーマです。当社では取引先に限らず全国の生産者の方と勉強会を開いています。受賞農家のお米と自分のお米のブラインドテストをしたりしながら、意識向上のきっかけづくりをしています。
4 行政機関への協力
新潟県内の食をPRするために招集された『新潟県 食のプロデュース会議』で委員を務めるほか、『農産物直売所プロデュース会議』では座長を務めさせていただきました。また、3県7市町村で構成される雪国観光圏では『雪国A級グルメ』をスタートしています。
5 講演会講師

地域活性化や環境保全型農業、特産品のブランド化戦略などをテーマに、全国でお話をしています。大きな会場から小さな公民館まで、要望があれば日本中、どこでも飛んでいきます。最近は年の半分近くを海外視察に費やしていたため、海外の食に関する依頼も増えています。
6 オーガニック・エクスプレス(販売)

当社のメインとなる事業が、「安心・安全」をテーマにしたショッピングモール『オーガニック・エクスプレス』。食品の原材料表記を、法律ができる以前からどこよりも早く行い、添加物や原料のチェックも徹底して行ってきました。近年では食の安全志向の高まりから、法人各社からの商品企画の依頼も多く、百貨店やギフト会社に商品を供給しております。また自社で物流倉庫と配送センターを持つのも特徴で、6月からは食品の安全性を最優先に考えた結果、配送センターを新潟県南魚沼市から兵庫県丹波市に移転しました。